(一昨日の続き)
日本でも、バブル絶頂期の頃には、金銭的格差は相当あったと思う。ただ、皆が高いレベルにいて、その中での格差だったために大きな問題にはならなかっただけ。
最近、『バブルにGO!!』 という映画が上映されているみたいだけど、バブルの頃に、酔っ払ったK証券の人から聞いたことを思い出した。
『ボーナス1回分は、年齢にゼロひとつだ』
その人は30代半ばだったので、『この人のボーナス=俺の年収か』 と唖然とした記憶がある。
だけど当時は、『格差の時代だ』 なんて誰も言ってなかった。
その人だけが特別がんばっていたとはとても思えない。
だけどその後、証券会社は未曽有の不況に陥り、四大証券の一角だった山一証券は消えうせ、今や日興證券も生死の境目にいる。大和證券も三井住友の傘下に入り、野村證券もいまひとつ元気がないみたい。
まあ、幸運の女神が永遠に微笑み続けることはない、ということで、自分としては納得している。
思うに、結果としての格差はあって当然。
がんばった結果、いいことがあるのは当り前。
たまたま運が悪かったら、その次を目指してがんばればいいだけ。
たまたま運が良くていい結果が出ても、たぶんその時だけ。
たまたまお金持ちの家に生まれたら、お金には不自由しないかもしれないけれど、ただそれだけのこと。
・運動会のかけっこでがんばって一等になったら、一等賞をもらえる。
・がんばって勉強して成績が上がったら、褒めてもらえる。
・がんばって練習してコンクールで優勝したら、賞賛され、賞金をもらえる。
・仕事をがんばって結果を出したら、給料が増える。
・がんばった人は幸せを手に入れることが出来る・・・
こういった当り前のことを、素直に認め、褒めるべきだと思う。
そして、皆が納得できる理由でがんばれない人の救済のため、セーフティーネットを国が作ればいいんじゃないかな。
小学生の息子には、こんな風に教えている。
『がんばればいいことがある。怠けたら不幸になる。結果としての格差は絶対にある。お前には無限の可能性がある。豊かになりたいなら、幸せになりたいなら、自分を信じてがんばれ。』
自分の可能性に気付かせ、夢を持たせることは、学校の勉強をさせるよりも何倍も大事なことだと思う。
テーマ : 子育て・教育 - ジャンル : 学校・教育
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